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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)2337号 判決

原告 京浜外貿埠頭公団

右代表者理事長 高林康一

右訴訟代理人弁護士 土屋鉄蔵

同 吉原歡吉

被告 京浜倉庫株式会社

右代表者代表取締役 大津正二

右訴訟代理人弁護士 松尾翼

同 小杉丈夫

同 荒木新五

同 辰野守彦

同 三好啓信

主文

一  被告は、原告に対し、金一億四〇九七万〇四五三円及び内金七六八三万三三三三円に対する昭和五三年三月二五日から支払済まで金一〇〇円につき一日金五銭の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、原告において金三〇〇〇万円の担保を供することを条件に、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一億四二八七万六二七九円及び

内金六四〇万二〇〇〇円につき昭和五二年二月一日から、

内金六四〇万二〇〇〇円につき同年三月一日から、

内金六四〇万四三三三円につき同年四月一日から、

内金六四〇万二〇〇〇円につき同年五月一日から、

内金六四〇万二〇〇〇円につき同年六月一日から、

内金六四〇万二〇〇〇円につき同年七月一日から、

内金六四〇万二〇〇〇円につき同年八月一日から、

内金六四〇万二〇〇〇円につき同年九月一日から、

内金六四〇万二〇〇〇円につき同年一〇月一日から、

内金六四〇万二〇〇〇円につき同年一一月一日から、

内金一一万四七八七円につき同年三月一日から、

内金七六八三万三三三三円につき昭和五三年三月二五日から、

各支払済まで一〇〇円につき一日五銭の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、外貿埠頭公団法(昭和四二年法律第一二五号。以下単に「法」という。)により、東京港及び横浜港において外貿埠頭の整備を推進するとともに港湾機能の向上を図り、もって外国貿易の増進に寄与することを目的として昭和四二年一〇月二〇日設立された法人で、外貿埠頭の建設、外貿埠頭の施設の内岸壁及び荷捌用の固定的施設(以下両者をあわせて「岸壁等」という。)の有償貸付その他を業務内容とするものであり、被告は、港湾運送事業法(昭和二六年法律第一六一号)により、運輸大臣の免許をえて同法第三条第一号の一般港湾運送事業を営む会社である。

2  原告は、別紙(一)記載の岸壁等(以下「本件岸壁等」という。)を建設のうえ、これを被告、株式会社上組(以下「上組」という。)及び山九運輸機工株式会社(以下「山九運輸」といい、三社を合わせて「三社」という。)に貸付けることとし、昭和四七年一〇月二一日、三社との間において、次の内容の賃貸借予約契約(以下「本件予約契約」という。)を締結した。

(一) 原告は、岸壁等の機能を確保するため、次の関連施設を建設する。

泊地 一六万平方メートル

護岸 九五メートル(鋼矢板式)

(第一条第二項)

(二) 原告は、三社から、原告の指定する期限までに、岸壁等又は前項の関連施設の数量、規模、構造その他について変更申出があり、それがこれらの建設計画に照らして支障がないと認められるときであって、(1)原告の定めるこれらの施設の基準の範囲内であれば勿論、(2)右基準をこえる建設であるとしてもそうすることが適当であると認められる特別の事情がありかつそのこえる部分に要する経費を三社が負担する場合には、原告は申出にかかる変更を行うことができるものとする。

(第一条第四項)

(三) 貸付開始日はおおむね昭和五〇年度とする。

原告は貸付開始日をその六か月以前に決定通知するものとする。

原告は、やむを得ない理由があるときは、右開始日を繰り延べることができる。

(第二条)

(四) 貸付料は予定額年一億一〇〇〇万円とする。

ただし、岸壁又は関連施設の設計変更、経済事情の変動その他の理由により建設費用が増減したときは、原告はこの予定額を変更することができる。   (第三条)

(五) 敷金は貸付料年額の一二分の三相当額とする。        (第五条)

(六) 手付金は二〇〇〇万円とし、原告は契約締結日である昭和四七年一〇月二一日これを受領した。

手付金は賃貸借契約成立と同時に敷金の一部に充当する。      (第六条)

(七) 三社はこの契約に基づく権利を第三者に譲渡することはできない。三社間において譲渡しようとするときは、あらかじめ文書による原告の承諾を要する。

(第七条)

(八) 三社は、原告に対して、岸壁等及び関連施設の建設に必要な資金の一部として、原告の求めに応じて金五億円の限度で融資をするものとする。

右限度額は、右建設工事の変更、経済事情の変動その他の理由により原告が増減できるものとする。      (第九条)

(九) 三社はこの契約に基づく原告に対する一切の債務については連帯して履行の責を負う。     (第一二条第一項)

(一〇) 三社は、内一社を代表者と定めて原告に通知するものとする。この者が三社を代表して原告に対し意思表示を行い又は原告からの意思表示を受領する。

(第一二条第二、第三項)

(一一) 岸壁等の賃貸借に関する本契約は、この契約、昭和四七年六月二六日付岸壁等借受者募集要領に定めるもの、法及び同法に基づく政令により定めることになる事項のほかは、公団の従来の岸壁等貸付の例により、原告と三社が協議のうえ、貸付開始日の一か月前までに締結するものとする。            (第四条)

3  三社は、昭和五〇年五月二七日到達の書面をもって、原告に対し、賃貸物件中上屋について別紙(二)のとおり規模等の設計変更の申出をなし、原告は、これを承諾し、あらためて設計を行った結果、これに伴い貸付開始予定日の変更、工事費の追加の必要が生じ、更に経済情勢の変化に伴う工事費の増額などから本件予約契約に所要の改定を行う必要が生じたので、昭和五〇年九月二五日、三社の各担当員の出席を得て、次の変更を申入れ、三社の了承を得た。

(一) 供用開始は昭和五一年九月末頃とする。

(二) 概算貸付料年額は二億四〇〇〇万円とする。

(三) 概算融資限度額は一三億八〇〇〇万円とする。

4  原告は、昭和五一年三月三一日付の書面をもって、三社に対し、岸壁等の貸付開始日を昭和五一年一〇月一日とする旨通知した。

しかし、三社から延期の申入があったことなどから、原告は、同年八月三一日付の書面をもって、三社に対し、右開始日を昭和五二年一月一日に繰り延べる旨通知した。

5(一)  本件予約契約は、原告のみが予約完結権を有する一方の予約である。

すなわち、本件予約契約においては、岸壁並びに関連施設を原告が巨費を投じて建設の上、賃貸することを骨子とし、従ってこれが完成時期すなわち岸壁等の引渡時期の決定もしくはその繰上げ、繰下げの権限が専ら原告に存すること、並びに原告が引渡時期を決定して三社に通知し、この決定された引渡時期の一か月前までに本契約を締結すること等が定められているから、原告のみが予約完結権を有することは予約契約に際し当事者間において合意されていたのであり、そうでないとしても右の趣旨からみて社会観念上原告のみが予約完結権を有すると解すべきである。なお、本件予約契約第四条には前記2(一一)のような記載があるが、これは、もともと原告の予約完結権行使によって、本契約が成立し、その内容が確定するものであるが、その際成立した契約の内容を協議によって変更し得る余地を残したもので、協議の結果合意が成立すれば、それをもあわせて本契約書上に表示することを明かにしたに過ぎない。従って協議不調の場合でも、予約完結権の行使により本件予約契約第四条に定める内容の本契約が成立するものである。

(二) そこで、原告は、昭和五一年一一月二七日到達の書面をもって、三社に対し、本件予約契約に基づく予約完結権を行使し、岸壁等賃貸借契約を締結する旨の意思表示をした。

(三) 原告の右予約完結権行使により、右同日、原告、三社間に大要次の内容による岸壁等賃貸借契約が成立した。

(1)当事者 賃貸人原告 賃借人三社

(2)賃貸物件 別紙(三)記載のとおり

(3)関連施設 泊地・一六万平方メートル

護岸 九一・二平方メートル

鋼矢板式

総合受電所 一棟

(4)物件引渡日 昭和五二年一月一日

(5)貸付期間 右引渡の日から一〇年間

(6)貸付料及び支払方法 年額二億三〇五〇万円とし、毎月末日までに月割額を原告の定める方法により支払う。

(7)遅延利息 貸付料、敷金、火災保険料、違約金の支払を遅滞したときは、一日一〇〇円につき五銭の割合

(9)敷金 五七六二万五〇〇〇円(貸付料年額の一二分の三)

(9)火災保険料 原告において目的物件に火災保険を付するものとし、三社は物件引渡以降の保険料を負担するものとする。

(10)原告の解除権と違約金 原告は、三社が貸付料を三月以上滞納し又は支払をしばしば遅延したときもしくはこの契約に違反したときは、この契約を解除することができる。

右の場合、三社は原告に対し違約金として貸付料年額に相当する額を支払う。

(11)三社の融資義務 三社は、原告に対し、岸壁等及び関連施設の建設に要する資金の一部として一三億三〇〇〇万円を限度に融資するものとする。

(12)連帯債務 三者はこの契約に基づく原告に対する一切の債務について連帯して履行する責を負う。

6  原告は、三社に対し、それぞれ敷金(手付金を充当した後の額を被告会社一二五三万八三三三円、他の二社は各一二五四万三三三三円に割振る。)、火災保険料(昭和五二年一月一日以降昭和五四年九月一四日まで一社当たり三七万二三〇三円)及び月月の貸付料六四〇万二〇〇〇円(一社当たりの額。但し、昭和五二年三月分については六四〇万四三三三円)の支払並びに予約契約締結当時に引続いて融資を求めた。

7  被告以外の二社は右の債務を履行したが、被告は本件予約契約当時融資三億七万円の履行をしたのみで、その余の債務を履行しない。

8  そこで、原告は、昭和五二年一〇月二四日到達の書面をもって、三社に対し、同月三一日限り本件岸壁等賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

9  よって、原告は、被告に対し、次の金員の支払を求める。

(一) 未払貸付料金六四〇二万二三三三円(昭和五二年一月一日から同年一〇月三一日まで一〇か月分。月額六四〇万二〇〇〇円。但し同年三月分は六四〇万四三三三円)及びこれに対する次の割合による遅延損害金

昭和五二年一月分貸付料につき同年二月一日から

同年二月分貸付料につき同年三月一日から

同年三月分貸付料につき同年四月一日から

同年四月分貸付料につき同年五月一日から

同年五月分貸付料につき同年六月一日から

同年六月分貸付料につき同年七月一日から

同年七月分貸付料につき同年八月一日から

同年八月分貸付料につき同年九月一日から

同年九月分貸付料につき同年一〇月一日から

同年一〇月分貸付料につき同年一一月一日から

各支払済まで約定の一日一〇〇円につき五銭の割合

(二) 未払敷金一二五三万八三三三円に対する昭和五二年一月一日から同年一〇月三一日まで約定の一日一〇〇円につき五銭の割合による遅延損害金一九〇万五八二六円

(三) 未払火災保険料負担金一一万四七八七円(昭和五二年一月一日以降昭和五四年九月一四日まで一社当たり三七万二三〇三円であり、これから昭和五二年一月一日以降同年一〇月三一日までの分を按分算定した額)及びこれに対する支払期限の翌日である同年三月一日から支払済まで約定の一日一〇〇円につき五銭の割合による遅延損害金

(四) 約定違約金二億三〇五〇万円の三分の一に当たる金七六八三万三三三三円及びこれに対する本件訴状が送達された日の翌日である昭和五三年三月二五日から支払済まで約定の一日一〇〇円につき五銭の割合による遅延損害金

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実中、三社が原告の本件予約契約変更の申入れを了承したことは否認し、その余の事実は認める。原告主張の説明会には、本件バース賃借申込をした十数社が全員出席したが、原告から他の多数の事項と一緒に一方的に説明を受けたのみで、原告との間で個別的に合意したこともなく、決議をしたこともない。

4  同4の事実は認める。

5(一)  同5(一)の事実中、原告主張の合意が成立したことは否認し、主張は争う。

本件予約契約においては、賃貸借契約の最も重要な要素である賃料額が確定されていないのであり、本件予約契約第四条の趣旨からすれば、本件予約契約は、一方当事者の予約完結権の行使によって本契約を成立させる強い拘束力をもった予約ではなく、「被告が手付を払込むことによって、原告に、他の第三者に本件バースを賃貸借させない義務を負わせて、被告が将来賃借し得る地位を確保するとともに、本契約についてはその内容を原、被告間の将来の協議に委ねる。」旨の当事者間の本契約締結に関する合意に過ぎない。

(二) 同5(二)の事実中、原告がその主張の意思表示をしたことは認める。

(三) 同5(三)の事実は否認する。

6  同6の事実は認める。

7  同7の事実中、被告以外の二社が債務を履行したことは不知、その余の事実は認める。

8  同8の事実中、原告が被告に対し原告主張の意思表示をしたことは認めるが、その余の事実は不知。

三  抗弁及び被告の主張

1(一)  被告は、昭和四七年一〇月二一日、三社の協議と原告の同意の下に、原告に対し、本件予約契約第六条に基づく手付金として金六六七万円を支払い、同様に、株式会社上組(以下「上組」という。)及び山九運輸機工株式会社(以下「山九運輸」という。)は各金六六六万五〇〇〇円を支払った。

(二)(1) 右手付は、解約手付としての性格を有するのみならず、違約手付としての性格も併せ有するものであり、更に、本契約締結に至るまでの間、将来貸主又は借主になろうとする者の地位の確保を目的としたものである。

(2) 本件大黒一般外航貨物定期船埠頭第四バースの賃借については、原告の募集に応じて、当初、被告が一社で全部を賃借したい旨の応募をなしたが、原告の指導により、三社で共同賃借するようになったものである。

(3) 以上のような手付の性質、本件予約契約締結の経緯に鑑みると、本件手付は、三社が共同してこれを放棄し原告に対し解除の意思表示をしなければ本件予約契約関係から離脱できない性格のものではなく、本契約締結前に将来の借主となるべき権利を有する者(三社各自)が何時でも単独に自己の負担分の手付を放棄して契約関係から離脱できる性格のものと解すべきである。

もっとも、本件予約契約第九条によれば、三社は岸壁等及び関連施設の建設に必要な資金の一部として五億円の範囲内において原告に融資し、経済情勢の変動その他の理由により建設費用が増加したときはさらに増融資の義務を負うものとされているが、右条項は一種の建設協力金契約を定めたものであり、右契約の本質は消費貸借であり、本来賃貸借とは独立の内容をなすものであるから、右条項の存在が手付放棄による解除権の行使を困難ならしめるものではない。

(三) そこで被告の代理人である榎本克己は、昭和五一年五月六日、原告に対し、本件予約契約を解除する旨の意思表示をした。

2  仮に、原告主張のとおり、予約完結権の行使により賃貸借契約が成立するとしても、原告が請求する違約金、火災保険料については、本件予約契約に何らの規定もなく、又、法律、当事者間の合意等により原告に一方的にこれらを定める権限が与えられているのでもないから、被告に対し、支払を求めることはできない。

3  本件賃貸借契約における違約金条項は、損害賠償額の予定の条項であり、原告が賃借人から一か年分の貸付料相当額を受取ることによって賃借人との間の契約関係を清算的に終了させる趣旨のものと解すべきであるから、原告は右違約金の外に一〇か月分の貸付料及びその遅延損害金等を請求することはできない。

四  抗弁及び被告の主張に対する答弁

1(一)  抗弁1(一)の事実は認める。

(二)(1) 同1(二)(1)の主張は争う。

(2) 同1(二)(2)の事実は認める。なお、第四号バースについては、被告のほか、上組等五社から借受の応募があったが、原告が借受人間の自主的な話合いをすすめると共に種々調整した結果、三社が共同で本件予約契約を締結することになったものである。

(3) 同1(二)(3)の主張は争う。本件予約契約第九条の条項の趣旨からすれば手付放棄により何時でも本件予約関係から離脱できると解することはできない。又、被告の主張は解除不可分性からして許されない。

(三) 同1(三)の事実は否認する。被告はその主張の日に借受辞退の意向のあることを申出たに過ぎない。仮に被告主張のとおり解除の意思表示であったとしても、解除の不可分性からして解除の効力は生じない。

2  同2の主張は争う。

3  同3の主張のうち、本件賃貸借契約における違約金条項が損害賠償額の予定の条項であることは認めるが、その余は争う。

本件違約金条項は、岸壁等の建設には巨額の投資を必要とし、従って完成と同時に貸付料収入を図る必要のあること、特殊の設備であるため予約契約締結後必要に応じ借受人の希望にそう設備とし、期間も一〇年とし、期間満了の一年前に双方の申出により更に一〇年間延長されることを特約する等長期間の契約をなすこととしていること、原告が解除権を行使した場合に新たに借受人を得るために相当の期間が必要とされるばかりでなく、既存の設備が新借受人の希望にそわない場合には改修工事等が必要となってくること(現に本件ではその後新たに賃貸借契約を締結した他の二社の要請により多額の改修費を支出している。)等の諸事情を総合勘案し、違約金は貸付料の年額に相当する額と定めたものである。賃貸借契約解除の場合に、右違約金の外解除以前に発生している貸付料等の支払を求め得ることは当然である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁1について判断する。

抗弁1(一)の事実は当事者間に争いがない。

被告は、本件手付は、解約手付としての性格を有するのみならず、本契約締結に至るまでの間、将来貸主又は借主となろうとする者の地位の確保を目的としたものであり、右のような手付の性質、本件予約契約締結の経緯に鑑みれば、本契約締結前に将来の借主となるべき権利を有する者(三社各自)が何時でも単独に自己の負担分の手付を放棄をして契約関係から離脱できると解すべきである旨主張する。

前記当事者間に争いのない事実、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

原告は、東京港及び横浜港において、外貿埠頭の整備を推進するとともにその効率的使用を確保することにより、港湾の機能の向上を図り、もって外国貿易の増進に寄与することを目的として設立され、法第三一条により運輸大臣が定め原告に指示した外貿埠頭建設についての基本計画に基づき工事実施計画を作成し、運輸大臣の認可を受けてこれを建設し(法第三〇条第一項第一号、法第三二条)、右により建設した外貿埠頭の施設のうち岸壁等を法第三三条第一項所定の一般港湾運送事業の免許を受けた者等に限り貸付けること等を業務とするものであるが(法第三〇条第一項第二号、第三三条)、昭和四七年六月二六日頃、本件岸壁等を含む横浜港大黒町一般外航貨物定期船埠頭第一ないし第四バースほかについて借受者を募集した。

右募集に際し、借受希望者に配布された「岸壁等借受者募集要領」には、貸付施設等、借受者の資格についての記載のほか、借受者の決定及び賃貸借予約については、「公団は応募者の中から借受者を選考し、文書をもって通知する。前項の通知を受けた者は、公団の指定する期日までに、賃貸借予約契約を締結し、手付けとして次の金額を公団に納付するものとする。この手付けは、賃貸借契約を締結したときは敷金に充てる。(手付額は本件岸壁等分は二〇〇〇万円)」旨の記載が、又、「借受者は、貸付施設に係る外貿埠頭の建設に要する資金の一部を工事の進捗状況に応じ、年利廻り(応募者利廻り)約七分二厘、償還期限七年等の約定による債券の引受の方法によって公団に融資しなければならない。ただし、建設費の増加、一般金融情勢の変動その他やむを得ない理由があるときは、融資見込額等は変更されることがある。償還期限が到来したとき、借受者は、最終償還額の範囲内において公団の定める額を公団に再融資しなければならない。賃貸借契約期間中は、以後も同様とする。(融資見込額は本件岸壁等分は約五億円)」旨の記載が、主な貸付条件については「(1)貸付施設は一体として貸付けるものとする。ただし、公団は建設費の増加その他やむを得ない理由があるときは、これを変更することができる。(本件岸壁等分年額一億一〇〇〇万円)(3)賃貸借契約の時点において、借受者は、敷金として貸付料の年額の四分の一に相当する額を支払うものとする。(4)借受者は公団の定める使用目的にしたがって貸付施設を使用するものとする。(5)貸付期間は一〇年とする。ただし両者の合意があれば更に延長することができる。(6)貸付施設の維持修繕その他の管理については公団の定めによる。」旨の記載がなされていた。

右募集に応じ、本件岸壁等については、被告のほか、上組等五社が借受の申込をした。

原告は、応募者の提出した最近二年間における営業報告書(貸借対照表及び損益計算書)及び財産目録、所要資金調達方法説明書、貸付施設利用計画等を基に借受者の選定に当たったが、本件岸壁等については、合計六社が借受の申込をしたため、原告は当初被告らに対し第二次募集に廻るよう説得したところ、被告はこれに応ぜず、借受申込者間の自主的な話合いと原告の指導、調整の結果、三社が共同で借受けることとなり、三社は、昭和四七年一〇月二一日付をもって、本件岸壁等を三社が共同で借受け、利用し、三社のうち離脱するのやむなきに至った者は残る者に権利を譲渡し、他に権利を譲渡してはならず、残る者はその譲渡を受ける義務があること等を定めた「横浜大黒町一般外航貨物定期船埠頭第四バース共同運営に関する協定書」を作成し、原告に提出したので、原告は、同日、三社との間で、本件予約契約を締結するに至った。

本件予約契約においては、前記当事者間に争いのない条項の外、原告は、三社において、港湾運送事業法第三条第一号の一般港湾運送事業の廃止又は免許の取消があったとき等には、本件予約契約を解除することができ、この場合においては手付は原告に帰属し、又解除により三社の受けた損害に対してはその責を負わないこと(第一一条)、本件予約契約第二条第四項の規定により貸付開始日を繰り延べられたため、三社に損害が生じても、原告はその責を負わず、貸付開始日が六ヵ月以上繰り延べられたときは、三社は、その旨の通知があった日から一〇日以内に文書により原告に解約の申入れを行い、この場合、原告は手付を三社に返還すること(第二条第六ないし第八項)が定められていた。

被告は、その後、経済事情の変動により本件岸壁等を賃借利用しても採算が合わないとの見通しを持つに至り、上組、山九運輸に対し、前記協定に基づき、被告の権利の譲渡を申入れたが、協議が調わなかったところ、昭和五一年八月二四日、文書により、右二者に対し、右権利譲渡の意思表示をすると共に、原告に対し、本件予約契約より離脱したいので、右二社に右の意思表示をしたからよろしく取計られたい旨を記載した「岸壁等賃貸借予約契約の解約申入れについて」と題する文書を提出するに至った。

以上のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。

他方、《証拠省略》によれば、被告は、原告と同じく法により設立された法人である阪神外貿埠頭公団の昭和四七年八月二二日付岸壁等募集要領による募集に応じ、昭和四八年一月三一日、株式会社大森廻漕店(以下「大森廻漕店」という。)と共に、右公団との間において、神戸港ポートアイランドライナー第八号岸壁について本件予約契約とほぼ同一内容の岸壁等賃貸借予約契約を締結したが、その後、右岸壁の運営につき大森廻漕店と意見の相違を来たし、右予約契約関係から離脱することを決意するに至り、昭和五〇年五月二一日、大森廻漕店と、実質的には被告の有する権利を大森廻漕店に譲渡する内容の合意をし、昭和五一年三月一九日付をもって右公団に対し右権利譲渡の承認申請をし、同年四月二〇日付をもって承認されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上認定の事実、特に、本件岸壁等の建設及びその効率的な使用の確保は横浜港の機能の向上、外国貿易の増進という公益目的にかかわるものであること、岸壁等の建設に要する巨額の資金の多くをその借受希望者の融資に求めざるを得ないところから、借受者の資格は限定され、借受者の決定は極めて慎重になされること、従って予約契約の賃借人に対する拘束力は強く、賃借人は、貸付開始日が六か月以上繰り延べられたときに解約申入れにより契約を終了させることができるに過ぎず、それ以外の場合においては、原告の承認を得て予約契約上の権利を他の共同賃借人に譲渡することにより予約契約関係から離脱し得るに過ぎないこと、被告においても、昭和五一年八月二四日の時点においては、他の共同賃借人である上組、山九運輸に本件予約契約上の権利を譲渡したことにより本件予約契約関係から離脱し得るものと考えていたことに徴すれば、本件手付は、いわゆる証約手付であり、解約手付でもなければ、被告主張の如き手付でもないことは明かである。

従って、本件手付が解約手付であること等を前提とする抗弁1は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないというべきである。

三  次に、請求原因3の事実中三社が原告の本件予約契約変更の申入れを了承したことを除くその余の事実、同4の事実、同5(二)の事実中原告主張の意思表示がなされたことは当事者間に争いがない。そこで本件岸壁等の賃貸借契約の成否について判断する。

前認定事実によれば、本件予約契約締結時において、本件岸壁等の賃貸借の貸付期間が一〇年であること、貸付料の予定額は年額一億一〇〇〇万円とするが、岸壁又は関連施設の設計変更、経済事情の変動その他の理由により建設費用が増減したときは原告においてこの予定額を変更することができること、敷金は貸付料年額の一二分の三相当額とすること、賃貸借契約のその他の内容については原告の従来の岸壁等賃貸借契約の例により定めることについては原、被告間において合意が成立したものと認めるのが相当である。

そして、《証拠省略》によれば、被告は、昭和四七年一〇月二一日、原告との間で、東京港一三号地一般外航貨物定期船埠頭第五号バースにつき岸壁等賃貸借予約契約を締結し、その後昭和四九年七月一日を貸付開始日とする本契約を締結し現在に至っていることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

又、法第三四条、外貿埠頭公団法施行令第六条によれば、法第三三条第一項の規定により外航貨物定期船の使用の一単位ごとに岸壁等を一体として貸付ける場合における当該一単位の岸壁等の貸付料の額は、減価償却費、修繕費、管理費、災害復旧引当金繰入額、支払利息その他公団の損益計算に計上すべき費用の額を各単位の岸壁等に係るものとして配賦した場合における当該一単位の岸壁等に係る費用として配賦された額の合計額を基準とし、かつ、当該一単位の岸壁等に係る外貿埠頭の建設に要した資金の償還を考慮して、公団が定め、右費用の額の算出及び配賦の方法は、公団が運輸大臣の承認を受けて定めるものとされている。

以上によれば、本件予約契約成立時点においては、本件岸壁等の賃貸借における貸付期間、貸付料額の基準及び算出方法その他の内容は賃貸借当事者間において確定されており、貸付開始日すなわち本件岸壁等の引渡日のみが不確定であったのであるから、本件予約契約は、同契約第四条に基づき、原告が三社に対し貸付開始日の一か月前までに賃貸借契約締結の意思表示をすることにより、効力を発生する停止条件付賃貸借契約であり、原告のみが予約完結権を有する賃貸借の予約と解するのが相当である。

もっとも、《証拠省略》によれば、本件予約契約第四条は、前示のとおり、「岸壁等の賃貸借に関する契約は、この契約及び昭和四七年六月二六日付け岸壁等借受者募集要領に定めるもののほか、第二条第五項の規定により通知した同条第二項前段の貸付開始日(同条第三項又は第四項の規定により貸付開始日に繰上げ又は繰延べがあったときは、同条第五項の規定により通知した変更後の貸付日とする。以下同じ。)の一か月前までに、法第三三条第一項の規定により、公団が貸付けをしている岸壁等と同種の施設の賃貸借に関する契約の例により、公団と賃借人協議して定め、これを締結するものとします。ただし、法及びこれに基づく政令に定める事項については、これによるものとします。」と規定していることが認められるが、同条にいう原、被告の協議とは、本件予約契約の成立により確定された本件岸壁等賃貸借の内容を変更するための協議を意味するものと解すべきである(なお、前掲乙第一二証号によれば、被告らと阪神外貿埠頭公団との間の昭和四八年一月三一日付岸壁等賃貸借予約契約書第四条第一項は、本件予約契約第四条と同趣旨の規定をするが、第二項において「前項の場合において、協議がととのわない事項については、次の各号に掲げる事項を除き、前項に規定する賃貸借に関する契約の当該事項に該当する事項について規定する内容によるものとします。(1)かし担保(2)維持修繕等の場合における貸付料の減免」と規定していることが認められるものの、右規定は、協議がととのわない場合に従前の賃貸借契約の例により締結されるべき賃貸借契約の内容が定まることを当然の前提としつつ、かし担保、及び維持修繕等の場合における貸付料の減免についてはなお賃貸借契約後の協議に委ねる趣旨のものと解すべきであるから、乙第一二号証は前説示の妨げとはならない。)。

以上認定の事実に、《証拠省略》を総合すれば、昭和五一年一一月二七日、原、被告間において、原告主張の賃貸借契約が成立したことが認められる。

四  次に、請求原因6の事実、同7の事実中被告以外の他の二社が債務を履行したことを除くその余の事実、同8の事実中原告が被告に対し原告主張の意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、同8の事実中その余の事実が認められる。

そして、《証拠省略》によれば被告の負担すべき火災保険料は昭和五二年一月一日から昭和五四年九月一四日までの分として金三七万二三〇三円であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、被告は、原告の請求する違約金、火災保険料については、本件予約契約に何らの規定もなく、又、法律、当事者間の合意等により原告に一方的にこれらを定める権限が与えられているものでもないから、被告に対し、支払を求めることはできない旨主張するが、前認定のとおり、本件予約契約においては、本件岸壁等の賃貸借契約については原告の従来の岸壁等賃貸借契約の例により定めることとされていたのであるところ、《証拠省略》によれば、原告の従来の岸壁等賃貸借契約においては違約金等につき本件岸壁等賃貸借契約におけると同様に定められていたことが認められるので、被告の右主張は失当である。

又、被告は、原告が違約金の外に一〇か月分の貸付料及びその遅延損害金等を請求することはできない旨主張するところ、本件賃貸借契約における違約金条項を損害賠償額の予定の条項と解すべきであることは当事者間に争いがないから、本件の如く、被告の債務不履行により本件賃貸借契約が解除された場合においては、原告は、被告に対し、損害賠償として違約金を請求できる外、解除以前に発生した本件賃貸借契約に基づく貸付料、火災保険料負担金の支払を求め得るけれども、違約金の外に、未払貸付料、敷金、火災保険料負担金に対する各遅延損害金の支払を求めることはできないものといわなければならない。この限度において被告の主張は理由がある。

五  以上の次第であるから、被告は、原告に対し、未払貸付料金六四〇二万二三三三円、未払火災保険料負担金一一万四七八七円(前記被告の負担分金三七万二三〇三円を昭和五二年一月一日から同年一〇月三一日までの間に按分算定した額)及び約定違約金七六八三万三三三三円合計金一億四〇九七万〇四五三円及び内金七六八三万三三三三円に対する本件訴状が送達された日の翌日である昭和五三年三月二五日から支払済まで約定の金一〇〇円につき一日金五銭の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべきである。

よって、原告の本訴請求は、右の限度において正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山口繁)

〈以下省略〉

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